金の歴史について|高価買取・ラフェスタ本八幡店(千葉県)

金の価値

金が産出され装飾品として扱われたのは、4000BC年頃のヨーロッパ東部と考えられています。その後、高度な技術が発達し、歴史上で最も有名なのは古代エジプトの第18王朝のツタンカーメン王の黄金のマスクです。1922年に考古学者はワード・カーターにより、そのひつぎは発見され、王墓としてはきわめて珍しい副葬品がほぼ完全な形で出土した。3000年以上経った今もその輝きは衰えず、人々を魅了しています。

余談になるが、ツタンカーメンの王墓発掘のスポンサーとなったカーナヴォン卿が墓の公開直後に急死、その他、発掘関係者が次々と不遇の死を遂げたことから「ファラオの呪い」という伝説が広まったそうです。

■金は権力の象徴、高貴はものだけに エジプトは金とかかわりの深い国で、ツタンカーメン王の黄金のマスクからもわかるように、金は高価で尊いものとして珍重し、権力の象徴でもありました。ですから一般市民がわずかな金のかけらを持つことさえ禁止され、少しの量でもすべてファラオに差し出すものと決められていたようです。こうして集められた金は、莫大な量となり、国王の装飾品、マスクや棺にと加工されていきます。ちなみにツタンカーメン王の眠る棺に使用された金の重は110kg。もし1gを3000円として計算すると、3億円超の金が使用されていることになります。

■大量の金を保有したインカ帝国の滅びの足音 インカ帝国は、南アメリカのペルー、ボリビア、エクアドルを中心にケチュア族が作った国で、最盛期には1600万人の人口をかける巨大な国家でした。インカ文明は優れた精密な石の加工や巨大な石の建築、土器や織物などの他に、金の採掘が国を支えていました。その豊富な金を狙って、1533年にはスペイン人のコンキスタドール(スペイン語で征服者を意味する)によって攻め滅ぼされてしまいました。その時にインカの王が助命嘆願として差し出した金の量は数十億円分とも言われており、インカ帝国の豊富な金の保有量が想像できます。

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